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2013年2月日誌紹介

「セルフうどん店」 好評 営業中

2013年2月15日| コメント(0) | トラックバック(0)

 

「道の駅やす」にセルフうどんのお店「うーどる」がオープンしました。

厨房に製麺機を持ち込んで出来立ての麺から、うどん、中日、香南にら塩焼きそばなどを作ります。

また、オニギリや唐揚げなども美味しいと評判です。

是非、ご利用下さい!  

また、かけうどん350円からとお値段もお安めになっています。




高知青年会議所

2013年2月11日| コメント(0) | トラックバック(0)

高知青年会議所.JPG

早朝から高知青年会議所の新旧理事の皆さんが

公園の清掃活動を実施して下さいました。

なんでも、昨夜は香南市の宿泊施設にて

徹夜で新たな活動方針等について激論を交わされたとか。

会議の疲れも見せず、総勢15名の方々が黙々とゴミ拾いを行なって頂きました。

思えば半年前の盛夏、この公園とサイクリングロードにて

青年会議所主催のイベントが開催されました。

私個人としては「危ないから辞めましょう」と反対したのですが・・・・

メンバーの方々の熱い結束と地元の農協青壮年部を始め

他地区青年会議所、観光協会、商工会等の多数の方々の協力によって

炎夏のトライスロンを成功させた情熱は決して忘れることは出来ません。

清掃作業終了後、爽やかな笑顔で立ち去っていかれた姿を見て

「高知も捨てたもんじゃない。彼らがいる限り高知の未来は明るい」と感に入りました。

皆さんの今後のご活躍を心より祈念致します。

ありがとうございました。




雪の朝に

2013年2月 8日| コメント(0) | トラックバック(0)

雪.jpg

 

今朝、それほど寒くはなかったけれど雪が舞っていました。

雪がやんでから冷たい風が吹き始め、ぐっと気温が下がったように感じました。

こんな時はいつも室生犀星の「三月」という詩を思い出します。

 

うすければ青くぎんいろに
さくらも紅く咲くなみに
三月こな雪ふりしきる

雪かきよせて手にとれば
手にとるひまに消えにけり
なにを哀しと言ひうるものぞ

君が朱なるてぶくろに
雪もうすらにとけゆけり




駅長の仕事

2013年2月 6日| コメント(0) | トラックバック(0)

ソテツの剪定

ヤ・シィパークにはワシントンヤシを始め、パイナップルヤシ、ハマボウなど

4,000本以上の木が植栽されている。

それぞれが、さもそれらしく、表向きはヤ・シィパークのために用意されたように見えるが・・・・

事実は異なる!!

ワシントンヤシはかつて高知市内にあって伸びすぎたため

厄介者としてヤ・シィパークに引き取られた。

その他の木々も高知空港拡張時などに邪魔にされた、かわいそうな奴らである。

いくらかわいそうでも、高知県にいわせると「県有財産」なので管理しなければならない。

管理上、最も困っているのは当然、断然ワシントンヤシである。

高さが、いうに17mを超え、強い風が吹くと巨大なのこぎり状の葉が

爆弾のような破壊力で落下してくる。

そこで年一回、四国電力と四国電工さんが高所作業車で剪定に来てくれるのだが

毎年毎年「もう届かないぞ!」「来年は無理だろう!」と、こちらの心臓に悪い指摘を受ける。

しかし、両社の高所作業車が届かなくなったら、いったいどうすればいいのか。

まさか、高知市の消防署に頼む訳にもいかないだろうし。

・・・ソテツという原始時代から生き残ってきたようなトゲトゲのある木も

異常に多く植えられている。

これは多分、高知空港にあったものではないかと睨んでいるが

やはり大変な難物である。

鋭いトゲが無数にあり剪定すると手は血だらけになる。

おまけに繁殖力・生命力が強いので毎年剪定しても翌年には元に戻っているし

気づくと公園中のそこかしこから芽吹ている。

私を苦しめる、数ある頭痛の種のひとつがソテツである。

ということで、写真は先日、一日がかりで剪定したソテツくんの一本である。

茫々に伸びたソテツは憎たらしい限りであるが

すっかり散髪すると、花弁なんぞがよく見えて

たちまちセクシーな姿形のかわいこちゃんに様変わりするから不思議なもんだ。




お雛様

2013年2月 4日| コメント(0) | トラックバック(0)

 道の駅やす内ギャラリー84で「ひな飾り」を展示しました。

平成25年3月31日(日)まで、毎日9:30~17:30ご覧いただけます。入場無料です。


毎年、この時期になると事務所の女性スタッフは「嬉々として」飾り付けにかかります。

お雛様は従業員やお客様から借りたものですが

どこの家でも子供が大きくなると、お雛様は押入れで永く眠ることになります。

でも、一年に一度、たくさんの人に観ていただいていると

不思議なことに、お雛様のお顔や衣服が活き活きと輝いてきます。

それはまるで、お雛様が喜んでいるように見えます。

誕生した子供が無事に育ち、嫁いで幸せになるように願った

両親のあたたかい思いがお人形に命を与えたのかも知れません。

大事にしましょうね。

 

 

 

 




涙の訳は

2013年2月 3日| コメント(0) | トラックバック(0)

 小学校に入学する前、姉に連れられて初めて映画に行った。

映画のラストになると悲しさが込み上げてきて慟哭してしまった。

しかし、姉は「どうして泣いてるの?」と訝しがる。

泣きじゃくりながら「マコちゃん、かわいそう・・・」と答えても

「ウソでしょう」と信じない。

姉は鈍感なのである。

小学校2年生の時、初めて買ってもらった童話が「フランダースの犬」だった。

これもラストのシーンで号泣してしまった。

すると兄が「なんで泣いてるの?」と訊くので

「教会で死んじゃった・・・」と答えると

「ウソいうな」とこれまた信じない。

兄もまた鈍感であった。

 

次に貰った童話は「幸福の王子」だった。

これも大声で泣いてしまった。

すると妹は訊くのである。「お兄ちゃん、どうしたの?」

妹もまた鈍感であった。

 

17歳になって再びソレは訪れた。

映画「砂の器」を観ていると、隣に彼女がいるのに泣きじゃくってしまった。

涙も鼻水もいっぱい出て・・・しかし、彼女は平静であった。

そこでやっと気がついた。

みんなが「鈍感」なのではなく、私が感情移入し過ぎる性格であって

何かの拍子に心の琴線に触れると所かまわず号泣・慟哭してしまうらしい。

以後は慎重になり、悲しい顛末の映画やテレビは一人で観ることにした。

だって、大人の男が公の場所や家庭内で、突然泣き崩れていたら

どこかおかしいのではないかと疑われかねない。

それでも、「二十四の瞳」 、「道」 、「禁じられた遊び」、などは

何度観ても慟哭し嗚咽を漏らしてしまう。

一昨年、会社の昼休みに 「永遠のゼロ」 という小説を読んだおり

感情を抑えられず、必死に嗚咽をこらえながら

それでも涙が止まらず困ってしまった。

50歳半ばにしてコレではまだまだ大人とはいえない。