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T君の思い出 2012年4月29日

桂浜_R.jpg

高校に入学して1ヶ月、桂浜に遠足に行った。

ちょうど今日のような陽気のいい日だった。

長い階段をあがり浜辺を見下ろす場所に同じクラスのT君がいた。

声をかけようとするとT君が涙ぐんでいることに気がついた。

僕はどうしたんだとT君に訊いた。

「海を見るのは初めてなんだ」

じっと海を見つめたままT君はつぶやいた。

僕がT君に理由を訪ねると、彼は生まれつき心臓に欠陥があり

山深い実家から、ほとんど遠出をしたことがなかったという。

「海は広いな」と静かに話すT君に、僕は答える言葉がなかった。

その後、T君は体育の授業に参加することはなく

階段を上下するだけで顔面を紅潮させ、あえぎ声を出すことも多かった。

そんなT君と僕は休み時間をともにし

放課後に遊ぶことも多くなっていった。

或る日、T君は僕たちに秘密を打ち明けた。

「20歳になるまでに心臓の手術を受けないといけない。

でも、手術が成功する確率は50%くらいなんだ」

そんな運命を持った人が身近に居ることに驚いたが

あの年頃、僕達は誰もが人生はうんんざりするほど長くて

失敗するより成功の確率が高いものだろうと甘く考えていたと思う。

そして、僕達は瞬く間に20歳を迎える。

その年、T君は両親と友人たちに見送られて手術室に向かった。

T君は帰って来なかった。

もし、という言葉は人生において意味を持たないが

もし今、T君が20歳であれば、あの頃にはなかった移植手術が受けられたかも知れない。

もし今、T君が幼児であれば高速道路を使って移動し

バリアフリーになった桂浜から海を見下ろすことが出来たに違いない。

ボードウォークから海を眺めるていると、ふとT君を思い出す。

僕の心の中で、いつまでも彼は涙ぐんで水平線をじっと見つめている。

なにも話さずにじっと見つめている。

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